水がある限り金魚は泳ぐ

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模造品な個人にならないための心得

 「署名」なるものが残されるようになったのは ルネッサンスとか近代になってやっとだと教えてもらった記憶がある。暗記だけでなく、そういう教え方を高校時代の教師がしてくれたことは本当にありがたいことだと思っている。そん時考えたのは、縄文時代のアーティストさんは「署名」を知らなかったから歴史に残らなかったんだな〜なんてバカ話。そして「署名」がなかったのは、「個」がなかったというひとつの証明だと理解するのは、大学になってから。

 近松門左衛門|文化デジタルライブラリーでは、作者が署名することは一般的でなかったという話がある。しかし、地位が低い状況だった浄瑠璃、歌舞伎の作者は、近松以降は改善され、ここでも近松、という「個」の存在がクローズアップされる。

 

 個人というのは、日本でも江戸時代にさえ記述が観られないそうだ。なんにせよ、それほど歴史が新しく、法律的に、哲学的に、それから私が少し囓っている社会学的に、その他もろもろから説明される言葉に現代ではなっている。

 

 実は、この「個」の思索をすると必ず出てくるとあるSFの登場人物(たち)がいる。衝撃的な彼の自己紹介は、初見のときから忘れられない。まず、下記の台詞は一人の人物が話していることを念頭にしていただけたらと思う。

 「我々はボーグである」

 「新スター・トレック 」という有名なテレビシリーズの敵のひとつ「ボーグ」は、機会生命体である。同化させられることによって、「個」は消滅し、すべてが共有され、ひとつの目的のために、バラバラになることなく、働く。効率や機能重視のため芸術は存在しない。現代社会のさまざまなことに比喩として用いられそうなキャラクターである。そして、一連のスタートレック作品同様に、個性的なキャラクターたちがこの「ボーグ」と時には同化されながらも、戦う展開となる。

 

 この一連の連想は私の中でたびたび起こり、最後の落としどころは以下の引用になる。

 

『L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature ; mais c'est un roseau pensant. Il ne faut pas que l'univers entier s'arme pour l'écraser : une vapeur, une goutte d'eau, suffit pour le tuer. Mais, quand l'univers l'écraserait, l'homme serait encore plus noble que ce qui le tue, puisqu'il sait qu'il meurt, et l'avantage que l'univers a sur lui ; l'univers n'en sait rien. Toute notre dignité consiste donc en la pensée. C'est de là qu'il faut nous relever et non de l'espace et de la durée que nous ne saurions remplir. Travaillons donc à bien penser : voilà le principe de la morale.(B.347, L.200)』 Blaise Pascal, Pensées

『人間は一本の葦にすぎない。自然の中でもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。これを押しつぶすには、全宇宙が武装する必要はない。一吹きの蒸気、一滴の水だけで、殺すには十分である。だが、たとえ宇宙が押しつぶそうと、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。なぜなら人間は自分が死ぬこと、宇宙が自分よりもまさっていることを知っているからである。宇宙は何も知らない。 だから、われわれの尊厳のすべては考えることにある。われわれが立ち上がらねばならないのはまさにそこからであって、われわれが満たすことのできない時間や空間からではない。だから、よく考えるようにつとめようではないか。そこに道徳の原理がある。 (B.347, L.200)』

ブレーズ・パスカル『パンセ』(戸口民也訳)

 

  「新スター・トレック 」で、主人公のピカード艦長が同化されるエピソードがある。そのサイボーグ化された外見はまるで、ピカード艦長の模造品のようなのである。