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「グッド・ドクター」〜信じる方法が詰まった作品

グッド・ドクター DVD-BOX 2

 

 2013年に韓国で放送された作品である。2012年、日本でも中居正広主演で「ATARU 」が放送されている。医療と事件解決、方向性は違うが主人公の設定がサヴァン症候群である。チュウォンと中居正広、二人の仕草の中に役作りに対する真摯な姿勢が伺える。目の動き、手の動き、歩き方、話し方、と演技という点でつくりこんでいることが、比べることでより一層わかる気がした。日本でもアメリカでも魅力的な俳優主演による、同作のリメイク版がでていて、比べるとしたら同作品同志での方が順当だろうが、物語の前半は、チュウォンと中居正広という比べ方をずっとしていて、それがこの作品の引力になっていた。

 もうひとつ、「最上の命医」という斉藤工主演の作品が浮かんでいた。それは「グッド・ドクター」も小児外科が舞台だったからである。体の小さな子供の手術が大人と違う側面を持つことがこの作品を見る下地になっていた。

 

 医療ドラマとして、多くの医療用語が飛び交い、手術シーンも多い。レジデント1年目の勤務体制や、病院内の勢力争い、経営問題等の現実味のあるエピソードの中に、幾つかの恋愛も描かれ、医療ドラマであること忘れさせてくれるほどほのぼのとしていることもある。また、主人公と教授である医師には兄弟を亡くした過去があり、ヒロインであるフェローの医師は、緊急の手術でやむなく執刀し術中死を経験するエピソードがある。また、患者役の子供たちの演技の凄さに韓国ドラマの層の厚さを感じ、ドラマそのものを楽しんで視聴しながら、終盤が見えてきた頃に、幾つかのエピソードがこのドラマの核だと思えてきた。

 

 1つには、兄を死なせた事故の原因をつくった幼なじみを信じ方を主人公が教授である医師に聞いたときの答えは、「簡単」で「今どうやって生きているか」を見ることだった。

 2つめは、問題のあった小児外科の科長の医師を主人公が尊敬した理由。「手術をいっぱいしてきた手」を持っていたから。

 最後に、それはタイトルである、良い医師の条件。クリアしなければならないのではなく、良い医師になろうと日夜悩み考えている医師こそ、良い医師だということ。

 

 考えるだけなら、誰でもできる。「考えている」と口にすることも、綺麗な言葉でごまかずこともできる。だが、手術をいっぱいしてきた手と同じような積み重ねないと見えないものは、上っ面だけの生き方には現れない。いつのまにか悩み考えてきたことはその人の身についている。

 

 見える人には見えるのだ。 

 正解があれば、人生はたやすい。だがどこにもないから、次の選択は向き合うかどうか。向き合わなければ問題は起きず、向き合えば問題は起きる。そのどちらを選ぶべきかは、現実で誰もが体験する。

 

 直感で主人公を受け入れた男性のいかつい看護師と、感染症に苦しむ学生の女の子。徐々に受け入れる同僚、わかっていても弟を思い、最初は向き合わなかった教授の医師。最初は怖がる子供、信頼できない親は時間がたてば変わっていった人もいる。世話焼きのヒロインは、最初は放っておけず弟として面倒を見るが、彼女の才は、正面から、時には正面すぎる方法論で向き合えることだから、主人公を男性として受け入れたらとまどいは何もなかった。

 見るべきものに気づけば、人を信じるのは簡単。自分に見てもらえるものがあれば、信じてもらうのは簡単。時間はかかることがあるかもし見れないが、ふと見えたり、ふと伝わったりする。手術をいっぱいしてきた科長の手がみえずに、賄賂をもらい、事なかれ主義の側面だけをみていれば、生まれなかった絆もある。

 たくさんの登場人物がいる。誰かに自分を重ねることもできる作品。それほど、信じる方法がたくさん詰まっている。