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勇気をくれるおばあちゃん〜小説「平成猿蟹合戦図」から

 

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 まるで実在の人物のように、しばしば勇気をくれるおばあちゃんがいる。

 小説「平成猿蟹合戦図」に出てくるサワおばあちゃんだ。調べたら96歳ってある。小説は群像劇で、登場人物はそれは魅力的なのだけど、サワさんは特別なのだ。

 年下(もちろんご高齢)で車椅子で移動する男性の話を聞いて、彼女は言うのだ。自分の周りのものを支えにしながらなら、立つことはできる、と。机・椅子・箪笥・棚・テーブルなどなど。一旦、車椅子にのれば、どんどん立てなくなる。だから彼女は、自分の力で最大限できることを探して立ち上がる。思い出しても涙が出てきた。よっこいしょとでも言いながら、ゆっくり立ち上がっている姿が浮かぶ。

  私だって、立ち上がるのもしんどくなることがある。そんなときサワさんが出てくる。励ますのでも叱るのでもなく、ただ、立ち上がり方を見せてくれる。しっかりしたものを視覚で確認して、体を預けられるかを感じて、体重移動して立ち上がる。ゆっくりでいい。よっこいしょっと言っていい。私は、同じように、やってみるだけ。

  一人でいるときは、意識が過去と現在を行ったり来たりしてる。その描写のすばらしさは、作者の吉田修一さんの技量だと思う。どうやってサワさんを生み出したのだろうかと考えをめぐらしてしまったりした。そして、私はちゃんと、サワさんが小説の登場人物だと知っているのだと気づく。なのに、サワさんが実在の人物のように勇気をくれる。

  サワさんは親切そうでにこやかな政治家に嫌悪感を示し、何も中身を示さないのに人なつっこさだけが武器の若い候補者には親近感を示す。そこに理由なんてない。きっとサワさんがすごいのは、理由なんてないことなのだ。理由の中にある、理想も目的意識も打算も生活観念も、もうなんもかも、ないもんだから残ってるのはサワさんだけ。だからサワさんがサワさんの人生を決めてる。

 

 理屈はよそう。ただ思い出せばいい。易きに流されず自分にできることを考えて立ち上がる姿を。